大阪高等裁判所 平成7年(ネ)707号 判決 1997年3月25日
控訴人
株式会社第一勧業銀行
右代表者代表取締役
奥田正司
右訴訟代理人弁護士
立野造
同
米田実
同
田積司
同
上甲悌二
同
辻武司
同
松川雅典
同
四宮章夫
同
田中等
同
米田秀実
同
阪口彰洋
同
西村義智
被控訴人
破産者株式会社絹屋破産管財人
崎間昌一郎
右訴訟代理人弁護士
池上哲朗
主文
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人の請求を棄却する。
三 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人
主文同旨
二 被控訴人
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
第二 事案の概要
一 事案の概要は、原判決三枚目表九行日の「6」を「5」と改めるほかは、原判決事実及び理由欄第二記載のとおりであるから、これを引用する。
二 当審主張
1 控訴人
以下に述べるとおり、破産法上、商事留置権が破産宣言後に留置的効力を失なってしまうような解釈はとりえず、かえって商事留置権は、留置的効力に加えて、優先弁済権を付与されたものと解すべきである。
(一) 破産法九三条一項前段の趣旨
破産法九三条一項前段の立法趣旨は「商法の規定に依る留置権に付き別除権を行うことを得しむる為、破産に於ては此の特別の先取特権と同視すべきものなることを規定す。破産に於て此の種の留置権の付随する債権に優先の順位を與うるにあらざれば商法が留置権を認めたる趣旨無意義に帰すべきを以てなり」(乙三改正破産法理由五六頁)とされており、破産法立法過程においては、商事留置権の留置的効力を云々することなく、商事留置権に積極的に破産手続下での優先弁済権を与えるために、特別の先取特権と同視しようとしたものである。
すなわち、商事留置権は、沿革的には、信用状態の変動する商人間の取引において、相互に占有する動産等は相互の債務の担保とすることによって商人間の信用取引を助長するという観点から、中世イタリアの商業都市において発展した商慣習に由来する担保物権であるが、その基礎には、商人間の交互計算、つまり相殺処理の思想があり、債権債務を簡易かつ確実に決済することを目的として、相殺の場合の受働債権だけでなく、自己が保管する相手方債務者所有の物に対してもその思想を及ぼしたものである(乙四、小町谷「商事留置権に関する二三の疑点」法学三巻六号三二頁)。商事留置権は、商法上、留置的効力は認められているものの、優先弁済権までは認められていないが、破産法は、右のような観点から認められてきた担保物権である商事留置権に対して、債務者が破産した場合にもなお優先弁済権がないとするのは、商法が商事留置権を規定した趣旨を没却するとの理由から、商事留置権を別除権と認め、右条項により優先弁済権を付与し、かつ破産法九三条を規定したものである。
(二) 破産法九三条一項後段の趣旨
破産法九三条一項後段は、商法上優先弁済権を与えられていなかった商事留置権に優先弁済権を与えるにあたり、同一物に複数の権利が付着し、その順位が問題となる場合に必要となる、その決定基準を規定したものである。ところで、右後段の趣旨は、商事留置権は破産宣告により初めて優先弁済権を与えられるのであるから、それ以前に成立していた他の担保権に劣後させるのが適当であるということにあると考えられるが、当然ながら、留置物上に他の特別の先取特権がなければ、最優先の優先弁済権を有する別除権となることは明らかである。
しかし、商事留置権者に優先する他の動産売買先取特権者がいる場合はレアケースであるし、本件のように、留置物が手形である場合、他の先取特権者が存在するケースは事実上存在しない。のみならず、仮に留置物を破産管財人に返還し、破産管財人において競売手続をとったとしても、競売費用の財団負担及び時間的ロスが発生するばかりか、競売による売却代金に商事留置権者の先取特権の効力が及ぶため、最終的には破産財団に組み入れられるものはなく、右手続は結局徒労に終わることがほとんどである。手形の場合、右傾向はさらに顕著となる。すなわち、銀行が先取特権の効力を併有した商事留置権の私的実行手続、すなわち任意処分権を行使した場合には、簡易かつ迅速に別除権債権の消滅ができ、一般破産債権に回ってしまう虞のある債権を未然に防ぐことができるのに対して、破産管財人が競売手続により換価した場合には、額面よりも低価格で競落され、その差額分だけ商事留置権者の債権が消滅せず、一般破産債権に対する配当率を低下させる結果となりかねない。
ところで、商事留置権は、破産宣告後、破産法九三条一項前段により優先弁済権を付与され、同後段により、他の先取特権に後れるとされるから、質権と同様の機能を有することになったものと評価できる。そして、右質権については、留置的効力と優先弁済権との対立が問題となった場合につき、民法三四七条但書において、留置的効力をもって「自己に対し優先権を有する債権者に対抗することを得ず」と規定されている。そこで、破産宣告後の商事留置権についても、商事留置権に優先する他の先取特権がある場合には、民法三四七条を類推適用して、商事留置権者は留置的効力をもって他の特別の先取特権者の別除権の行使を妨げることはできないと解すれば、同条の趣旨を没却することにはならないと考えられる。
したがって、商事留置権者は、自己に優先する他の特別の先取特権者が存在する場合、留置物の引渡を拒絶することができず、また仮に右引渡請求がないまま、任意処分した場合には、後日請求があれば、優先する債権者に不当利得として返還しなければならないと解されるが、いずれにせよ破産財団とは一切関係なく、破産管財人の関知するところではないというべきである。
(三) 破産法九三条二項の趣旨
破産法九三条二項は、民事留置権その他の、商法以外の法律による留置権は、破産により効力を失なうことを明らかにした規定である。同規定が置かれた趣旨は、民事留置権は、被担保債権が留置物の価値よりも通常過少であるなど、実質的な保護の必要性が商事留置権に比べて低いことから、優先弁済権が与えられないまま失効することとされたものにすぎず(乙三改正破産法理由五六頁)、右規定の存在が商事留置権の留置的効力を否定する根拠とならないことは明らかである。
(四) 商事留置権の留置的効力と優先弁済権とは両立する。
商事留置権は、破産法上別除権となるところ(破産法九三条、九二条)、別除権者には任意処分権が認められており、ただ、右任意処分権の行使期間を制限する権能が破産管財人に認められているにすぎず(二〇四条)、別除権者が任意処分した場合には、法律の定めに従い、優先的に自己の債権に充当することができることに異論はないから、商事留置権者が留置物を任意に処分し(手形の場合は取立)、自己の債権に充当することにいかなる支障もないというべきである。このように留置的効力と優先弁済権は当然両立しうるものであることは、約定担保権である動産質権を想起すれば明らかである(民法三四七条)。したがって、破産手続上、商事留置権を特別の先取特権と同視したからといって、その留置的効力まで失なわせる論理的必然性はなく、商事留置権者は破産宣告後に留置的効力と優先弁済権を併せ有するものである。
この点は、破産法五一条一項但書は、破産財団不足の事態においても留置権等が効力を失なわないことを規定していること、及び、会社更生法の場合との対比によって明らかである。すなわち、商事留置権は、破産法上は別除権として取り扱われる一方、会社更生法上は更生担保権として取り扱われること、会社更生法一六一条の二第一項の規定上、商事留置的効力は、会社更生手続開始決定によっては、当然には消滅しないことを前提としていることは争いのないところ、(1)会社清算を目的とする破産手続と、会社再建を目的とする会社更生手続とを比較すると、留置的効力を制限する必要性は会社更生手続における方が格段に大きいこと、(2)破産法上は、別除権の行使を破産手続外で認め(九五条)、ただ破産手続の進行のため、権利行使の期間にのみ制限を設けている(二〇四条)にすぎないのに対し、会社更生法においては、会社再建の目的を達するため、担保権の行使が厳しく制限されている(六七条一項)ことの諸点に照らして、会社更生手続においてすら原則として存続が予定されている留置的効力が破産手続において失なわれるとする論理的必然性はまったくない。
(五) 破産の際の商人の期待利益
銀行が本件のような預り手形に対して担保的期待を有している事実は、銀行取引約定書第四条の約定に見られるとおり、取引慣行として一般に認知されてきたものである。すなわち、銀行は、債務者との間において、一回的な融資ではなく、銀行取引約定書に基づく継続的信用取引を行なうものであって、かかる融資を実行する場合、信用調査により債務者の営業状況、財務分析、債権保全、取引によるメリットを総合勘案するものである。その際、債権保全に関しては、正式に設定される抵当権等の担保が第一義的に検討されることはもちろんであるが、これと合わせて事実上の担保の有無、程度を検討するのが通常である。かかる事実上の担保として銀行が通常考慮するものは、被拘束の定期預金等の預金残高、代金取立委任手形の預かり残高、代理受領、登記留保の担保物件の存否などである。
しかして、銀行取引においては、かかる保管中の商品等に対する担保的期待は極めて大きいというべきである。このうち、取立委任手形については、単なる手形の取立の委任の趣旨にとどまらず、支払期日において確実に現金化されるという意味において、取立委任手形を将来の預金の卵であるという認識を有している。さらに、取り立てた手形金を債務の弁済に充当することを前提として、取立委任手形を預かることもあり、かかる場合には、手形を預かることが貸金の回収と事実上同様に取り扱われているものである。したがって、取立委任手形を預かることは、営業的に銀行の預金確保手段になるという側面を有するとともに、債務者に対する貸金の事実上の担保としての債権保全的側面、さらには、端的に貸金の回収という側面をも有するものである。
これを銀行事務に即してみれば、商人間における手形による信用取引が一般化している現状においては、銀行は、融資実行にあたり、固定資産はもちろんのこととして、さらに債務者の信用状況、流動性資金に関しても当然調査するものであり、その際預金残高のみならず、支払手形決済高、取立委任手形預り残高もチェックし(銀行が一般的に使用している取引推移表(乙一五)には、フロー資金等の項目の中に「支払手形決済高」「代手預り高」の項目が設けられている。)、融資実行後も、各担当者には、債務者の大口入出金の状況とともに、預かり手形の手形交換所への持ち出し額、持帰り額が報告され、とりわけ取立委任手形については、債務者の売上高のほか、預金、取立委任手形預かり残高等の流動性担保の残高をチェックすることにより(債務者毎の手形明細が一覧表で確認できるシステムになっている。乙二〇)、手形の預り残高を常に掌握し管理しているものであって、右残高は予測不可能なものではない。
銀行がかかる取立委任手形等に担保設定契約書に基づく担保権を設定しないのは、その流動性によるものである。すなわち、日々行なわれる預金や手形の出入りの中で、個々の預金や手形のすべてにつき逐一担保設定契約書を作成することは非現実的であり、むしろ右流動性はそのままにして、動的な状態で担保を把握しながら、ひとまずはこれを拘束することなく、右債務者が自由に出し入れすることを認めているものの、一度信用不安が生じ、破産状態に至る危険をはらむ事態となれば、右時点において、債務不履行時に銀行の占有下に存する預金や手形を留置し、預金については払戻停止し、手形については取り立て、いずれも債権と相殺する方法により、それだけの回収に甘んじることとしているものである。
さらに、控訴人は、本件手形を、代金取立委任手形として預かったものであるが、右預かり時において、破産者の債務の弁済として預かったものである(乙二一)。かかる場合には、控訴人は、本件手形の支払期日が到来した時点において、確実に預金に代わり、弁済に充当されるものという意味で、実質的に弁済を受けたと同様の認識を有していたというべきである。そうすると、控訴人としては、本件手形につき、通常の担保的期待以上の期待(弁済そのもの)を有していたものである。商事留置権の留置的効力はかかる債権回収の唯一の根拠となるものである。
以上のような担保的期待は当然に保護されるべきであり(最判昭和四五年六月二四日民集二四巻六号五八七頁以来、判例上確立している相殺の担保的機能における期待利益の保護の流れと軌を一にすべきものである。)、かつ右保護なくしては、安全円滑な銀行の信用取引の促進はありえないのであり、破産債権者その他の一般的債権者もそれを十分認識しているものであり、かつ忍受すべきものである。
(六) 留置的効力を認めても破産手続上不都合は生じない。
約束手形については、交換所による確実かつ簡易な取立が認められており、支払期日には確実に現金に変わるものであって、破産手続上の競売手続によるよりも時間も費用もかからない。また、仮に商事留置権者が、破産管財人から留置物の返還請求を受けても返還せず、かつ任意処分も競売申立も行なわない場合には、破産法二〇三条による差押もしくは二〇四条による任意処分期間の指定ができるのであり、別除権者による法律上の換価処分あるいは任意処分が進まない場合の問題は、他の別除権に関しても当然予想されるものであって、商事留置権のみの問題ではないから、商事留置権者に留置的効力の存続を認めても、破産手続の進捗を妨げる結果とはならないというべきである。
なお、被控訴人は、破産管財人が手形の返還を受け、手形交換所に支払呈示して支払を受けた手形金については、先取特権者たる資格で控訴人が介入する余地はなく、全額一般債権者への配当の対象となる破産財団に帰属すると主張するが、そのように処理された場合、破産法が商事留置権に対して認める優先弁済的効力までも否定されることとなる。被控訴人は、破産法九三条が商事留置権に優先弁済権を付与した規定であることは是認するのであるから、右主張は明らかに矛盾している。
(七) 銀行取引約定書四条
破産法上、別除権には破産手続によらない権利行使及び法律の定めによらない換価方法が認められている。商事留置権は法定担保物権であるが、かかる法定担保物権においても、任意処分の合意をしておれば、右合意に基づいて、取立等の任意処分をし、それによる取得金を優先的に自己の債権に充当できると解すべきである(最判昭和五三年五月二五日金融法務事情八六七号四六頁参照)ところ、銀行取引約定書四条四項は、およそ約定担保権の設定あるいは法定担保権の成立の有無にかからわず、一般に銀行が占有する動産等を処分することができる旨の任意処分権を規定しているものである。したがって、右任意処分権は、商事留置権が成立する限り、債権者の破産によっても消滅しないと解すべきであり、同項は、担保権が成立しない場合の任意処分権と右成立する場合の任意処分権の両方を規定しているところ、前者については破産宣告により当事者間の委任契約は終了するとしても、後者は破産宣告後も効力を失なわないというべきである。
さらに、銀行取引約定書四条三項についても、同項は、文理上、約定担保権のみならず法定担保権に対しても任意処分権を与えた趣旨であると解するのが相当である。
以上によれば、銀行取引約定書四条四項もしくは三項によって、商事留置権の任意処分権が認められるものであり、破産法二〇四条に従った処分が認められるものである。
2 被控訴人
(一) 商事留置権は破産宣告後留置的効力を失う。
現実の社会において、信用金庫法に基づき設立された信用金庫と銀行が金融機関として果たしている実質的な機能は同一であるところ、信用金庫については、商人に該当しないとの理由によってではあるが、取立委任手形に対する商事留置権が認められていない(最判昭和六三年一〇月一八日民集四二巻五七五頁)ことに徴して、本件において、銀行につき商事留置権を否定しても、信用取引に悪影響を及ぼし、企業の経済活動を阻害することはないというべきである。
被控訴人としても、破産法九三条が商事留置権に優先弁済権を付与した規定であることについては異論がないが、破産宣告後の商事留置権の留置的効力については、破産法九三条の立法趣旨から一義的に結論が導かれるものではなく、破産法を始めとする関係各法の諸条項の解釈の問題であり、右総合解釈によれば、商事留置権が破産宣告後も留置的効力と優先弁済権とを併せ有するとすることはできないと考える。
(二) 動産質権
動産質権は約定担保物権であって、留置的効力と優先弁済権とが併存するのは当事者の意思に基づくものであるから、法定担保物権である商事留置権を動産質権と同列に論じることはできないと解すべきである。
(三) 会社更生法一六一条の二第一項の規定
控訴人主張の会社更生法一六一条の二第一項の規定との整合性の問題について見ても、同条は商事留置権が更生担保権とされていることに由来する規定であり、同条から破産宣告後の商事留置権の留置的効力の存続を結論づけることはできない。
(四) 銀行の期待利益
銀行における融資取引において手形を担保とする場合には譲渡担保が利用されており、取立委任手形を担保とする場合には、銀行からの貸付金を当該取立による取得金で返済する特約の設定が必要とされるのであって、単なる取立委任手形の預り残高を担保として評価したうえで、融資を実行してくれる銀行等の金融機関など存在しない。
換言すれば、通常の単なる取立委任手形は、特約がない以上、担保とはならないのであって、銀行が取立委任手形全般に対し担保的期待を有しているとは考えられない。実際問題としても、銀行は、債務者から持ち込まれる取立委任手形については、拘束することなく、債務者の自由な出し入れに委ねており、その結果銀行が有する取立委任手形の額面額は日々変動し予測不可能なものである。担保というものは、不動産を担保とする場合を見れば明らかなとおり、本来目的物の担保価値を正確に予測することが必要最少限の前提条件となる筈であり、かかる予測不可能なものが担保として機能する余地は少ないのである。しかるに取立委任手形の場合、かかる担保価値の評価は債務者の業績、経営者の人望といったあいまいな要因に依存しており、しかも担保価値が決まるのは、破産宣告等債権者の信用状態が悪化した時点で銀行が預かっている取立委任手形の額によるのであって、結局偶然に左右されるものである。
さらに、銀行が取立委任手形につき事実上の担保としての評価を行なっているのは、将来の預金の卵という性格においてであって、預金と同様に債務者の経営状態が悪化したときに、満期到来手形につき手形金の支払を受け、これが普通預金となってはじめて、相殺により債権の回収が可能となるにすぎないから、債権回収の一便法にすぎない。事実、銀行が、取立委任手形の減少時に、債務者に新たな取立委任手形の預け入れを要求しても、それに応じるか否かは債務者の自由意思に委ねられており、銀行側としては常に取立委任手形の残高が一定程度の額になるよう強制することはできない。普通預金について見ても、いわゆる流動性預金であり、預金者から払戻を要求されれば、銀行としては、原則として払戻に応じる義務がある。実際に銀行が右払戻を拒むのは、ほとんどの場合、債務者が手形の不渡を出した後なのである。
以上によれば、銀行が、債権回収の場面において、かかる取立委任手形につきいわゆる担保として債務者及び第三者に対抗し得る強い効力を有しているとは考えられず、ひいては取立委任手形の残高に対し強固な担保的期待を有しているとは解されない。したがって、仮に銀行がかかる担保的期待を有しているとしても、融資実行可能と判断したのに、債務者が破産に至ったことにより、右期待は裏切られたというべきであるから、他の債務者との関係において、右期待を特別に保護すべき理由はないのである。
(五) 銀行取引約定書四条
(1) 銀行取引約定書四条四項に関する控訴人の主張は前記昭和六三年一〇月一八日最判に示された判断に明らかに反するものである。同条項によって銀行に付与される権限の根拠は委任であって、民法六五六条、六五三条により当然に終了することは明らかである。
(2) 同条三項について見ても、同条一、二項が予定している担保はすべて当事者の意思に基づく約定担保であり、同条三項は、文理上、右一、二項を受けて、右約定担保を予定していることは明らかであるから、約定担保権に関する規定と理解するのが相当である。
(六) 破産管財人に返還された手形の処理
破産管財人は、手形の返還を受けた後、手形交換所を通じて呈示して支払を受ければよく、わざわざ競売手続をとる必要及び義務はない。
その場合、破産管財人は、手形金の支払を受ける過程において、控訴人から先取特権者たる資格で介入を受ける余地はないから、手形額面金額全額を回収でき、右手形金は破産財団を構成し、一般債権者への配当の原資となる。したがって、破産管財人が手形の返還を受けることにより、一般債権者への配当率が低下するような事態は起こらない。
第三 証拠
原審及び当審記録中の書証目録並びに当審記録中の証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。
第四 争点に対する判断
一 争点1について
原判決第三の一記載のとおりであるから、これを引用する。
二 争点2について
右一で述べたところ及び前記争いのない事実等の1によれば、控訴人が本件手形について有していた商事留置権は、その後に破産会社が破産宣告を受けたことにより、破産法九三条一項に基づき、破産財団に対しては特別の先取特権とみなされることとなる。
そこで、右商事留置権の留置権としての効力が破産宣告によって失われるか否かについて、検討する。
1 破産法九三条は、その文理からみるかぎり、一項前段は優先弁済権を付与する規定、同後段はその優先弁済権の順位を定める規定、二項は商事留置権以外の留置権の失効に関する規定であって、いずれも商事留置権の留置権としての効力が破産宣告によって失われるか否かには関係のない規定である。したがって、この点については、破産法九三条の立法の沿革や、破産法その他の関係各法規との関連において、結果の妥当性をも勘案して、検討すべきものであると考えられる(なお、会社更生法一六一条の二第一項の規定は、破産手続とは目的を異にする会社更生手続において、商事留置権が更生担保権とされている関係で定められたものであり、そのような規定の有無から、破産宣告後の商事留置権の留置的効力の存続を結論付けることはできない。)。
2 破産法九三条一項前段は、商事留置権が控訴人主張のような沿革に基づく商取引上の関係から生じる特別の留置権であって、破産においてその被担保債権に優先の順位を与えるのでなければ商法が留置権を認めた趣旨が没却されることになるところから、これを特別の先取特権と同視すべきことを規定したものであるが、同後段は、留置権が本来担保権としては薄弱なものであるところから、特別の先取特権とみなしたものの、その順位は他の特別の先取特権よりも後順位におくこととしたものである。そして、同条二項は、商事留置権とは沿革を異にする民法その他商法以外の法律による留置権については、そのままでは破産財団の整理を妨げ、破産手続の進捗を阻害することとなるところから、破産においてその効力を失うべきことを規定したものである。民法上の留置権については、多くの場合留置権者は特別の先取特権として別除権者となることができるから、保護に欠けるところはないとの考慮に出たものと解される。
3 商事留置権は、特別の先取特権とみなされる結果、別除権を有することになる(破産法九二条)ところ、別除権は、破産手続によらずしてこれを行うことができる(破産法九五条)。しかし、破産という異常な事態において、一般債権者は共同の損失分担を余儀なくされるのであるから、そこでは別除権者にも一定の負担が課せられ、その権利行使は制約を受けることになる(破産法一四三条一項四号、四項、一九五条一、二項、一九七条一四号、二〇三条一項、二〇四条一、二項)。
4 特別の先取特権の有する別除権は、まず、法律の定める方法で実行すべきことになる(破産法二〇四条一項)が、破産における商事留置権に留置権の効力を肯定すべきものと解する場合には、その方法として、留置権による競売(民事執行法一九五条、一九〇条)によっても目的物を換価することができることになる。ところが、関係規定上必ずしも明確ではないけれども、その場合には他の債権者に配当要求が認められないと解するときは、他の特別の先取特権者があっても、法律上はこれに後れるとされている特別の先取特権者とみなされた商事留置権者が、相殺をすることにより、事実上、これを優先し弁済を受けうる可能性があるという、制度上好ましくない結果も予想されるところである。
5 ところで、破産管財人が破産法二〇三条一項、民事執行法の規定により競売を申し立てた場合には、換価金は、まず配当要求をした優先権者に配当されることになるのであるが、商事留置権者から目的物の引渡を受けた破産管財人が、破産法二〇三条一項の規定によらず、任意処分をした場合には、商事留置権者の優先弁済権は否定されることになりかねない。しかし、そのような事態は、商事留置権者が特別の先取特権に基づく競売を申し立てることによって回避することができるものである。
6 以上、商事留置権と他の特別の先取特権との関係は、別除権相互間の利益調整の問題ではあるが、換価金に余剰を生じる場合もないではないから、一般債権者の利益と無関係であるともいえない。そして、商事留置権者としては、特別の先取特権に基づく競売申立ての途が残されているのであるから、留置権の効力を失うものとされても、破産法上保護されている利益が失われるものではない。
そこで、ひるがえって先に2でみたところから考えれば、破産法九三条は、破産管理の便をひらくために、原則として留置権についてはその効力を失わせる一方、商事留置権については、他の特別の先取特権に後れる順位ながら特別の先取特権として直接的強制手段を与えたものであると解される。したがって、商事留置権は、破産宣告により、留置権としての効力を失うものと解するのが相当である。
三 争点3について
次に、銀行取引約定書四条により、控訴人が、破産法二〇四条一項にいう「法律に定めたる方法に依らずして別除権の目的を処分する権利を有する」別除権者であるといえるか否かについて、検討する。
1 銀行取引約定書四条四項は、銀行が占有している動産、有価証券がある場合に、商事留置権の有無にかかわらず銀行においてそれを取り立てあるいは換価し、債権の回収にあてられるように銀行に取立、処分権を授与したものであり、動産等について、債務者の債務不履行を停止条件とする約定担保権を設定する趣旨の規定ではなく、銀行の取立、処分権の根拠は、債務者からの委託である。そうすると、債務者の破産により、右権限は消滅すると解される(民法六五六条、六五三条。なお、最高裁昭和六三年一〇月一八日第三小法廷判決参照。)。
2 ところで、同条三項は、既に成立している担保権の実行に関する規定であり、新たに担保権を設定する規定ではないことは、その文言から明らかである。同条項には約定担保権に限定する趣旨の文言はなく、銀行が法定担保権を有する場合に、それに対して、右条項の適用を排除しなければならない理由も見出しがたいところであるから、これを破産法二〇四条一項の任意処分権を与えた規定であり、その当然の前提として、本件手形を所持する権限をも与えた合意であると解するのが相当である。そして、右合意は、右破産法の規定によって容認されたものであり、通常それによる方が法律の定める方法によるより高価に換価しうるものと予想されるところ、それは結果において破産財団にとっても有利であると考えられるから、破産管財人にも対抗できるものであると解することができる。
3 もっとも、このように解するときは、優先弁済権を有するにすぎない特別の先取特権を有する者に、過分の利益を与える結果になることは、否めないところである。
そこで案ずるに、証拠(乙二〇、当審証人小笠原浄二の証言)によれば、金融機関は、銀行取引約定書に基づいて継続的信用取引を行う場合、自己の占有下においた取立委任手形等については、債務者の経営が破綻し、債務の履行ができない状態になったとき、右約定に基づいて取り立てて、債務の弁済に充当することができるものと期待して、すなわち、事実上の担保としての機能を果すことを期待して、本件取引約定を締結しているものであり、融資実行に際しては、預金残高、支払手形の決済高、代金取立委任手形の預かり残高等の流動性資金についても評価の対象とし、かつ融資実行後は、このような流動性資金については、債務者が自由に出し入れすることができるとはいえ、常に自己の占有下に存する手形の預かり残高を掌握・管理し、右預かり残高が大きく減少することのないように監視するとともに、債務不履行時には、自己の占有下に存する預金や手形を留置し、預金については払戻を停止し、手形については取り立て、いずれも債権と相殺する方法により債権の弁済を受けていること、が認められるのであって、このような取立委任手形が事実上の担保的機能を果している実態が存することによって、債務者が、融資に見合った担保を提供することが困難な場合であっても、融資の実行を受けることが可能となるのであるから、このような利益を金融機関に与えることは、金融取引の円滑化にも役立つものといえる。したがって、右取引の当事者間の約定によってこのような利益を金融機関に与えることになるからという理由で、銀行取引約定書四条三項による任意処分権を否定するのは相当ではないと考えられる。
四 結論
以上の次第で、商事留置権は、破産法九三条に基づき、特別の先取特権とみなされる一方、留置権の効力は失うけれども、控訴人は、銀行取引約定書四条三項に基づく任意処分権によって本件手形についての権利を行使することができ、これによる取得金から優先弁済を受けることができるものと解されるから、控訴人が行った前記第二の一の6の行為は、適法と認められる。
五 よって、被控訴人の本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく失当であるから、これと異なる原判決を取り消して、本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 富澤達 裁判官 古川正孝 裁判官 三谷博司)
別紙<省略>